転職活動の最後の関門は、今の職場を円満に退職することです。
上司や会社は、多くの場合、退職者を必死に引き止めようとします。それを見越して、退職者も「波風を立てずに辞めたい」と考え、伝える退職理由を“建前”に変えることがよくあります。
私もその一人でした。
私は素材メーカーでプラントエンジニアとして働いていましたが、精密機器メーカーの研究開発職へと転職しました。退職の際には、上司に伝えた“建前の理由”と、実際には伝えなかった“本音の理由”がありました。
この記事では、
- 私が上司に隠した“本音の退職理由”
- 実際に伝えた“建前の退職理由”
- そして「どんな条件なら退職を思いとどまったか」
を、実体験ベースで赤裸々に紹介します。
この内容は、
・円満に退職したいと考えている人
・退職を引き止めたい上司や企業側の人
どちらにも役立つはずです。
なぜ、本音の退職理由を言わなかったか?
結論から言うと、退職者にとって本音を言うメリットがないからです。
転職による退職の場合、多くの人はすでに転職先から内定をもらい、入社日も決まっている状態です。つまり退職の段階では、気持ちはすでに新しい職場に向いており、残るかどうかを迷っているタイミングではありません。
この時点で退職者が優先したいのは「円満に辞めること」です。
そして、本音を正直に話すことはその目的と相反する場合が多いのです。
本音を言っても得られるものは少ない
「仕事量が多すぎる」「人間関係がきつい」といった本音の退職理由を正直に話しても、退職者が得をすることはほとんどありません。
むしろ、会社との摩擦を生む可能性が高くなります。
さらに厄介なのは、上司に引き止めのカードを渡してしまうことです。
たとえば、
- 「業務量を調整するから」
- 「配置換えで環境を変えるから」
といった対処案を提示されると、断りづらくなります。
しかしその提案が実現する保証はなく、結局は退職までのプロセスが長引くだけになることも少なくありません。
“円満退職”を優先するなら、本音は隠す方がいい
退職を決意した人の多くは、「今さら環境が改善されても、もう気持ちは戻らない」と感じているはずです。だからこそ、本音の退職理由を伝えることに意味を見出せないのです。
私自身もそうでした。
上司との関係を悪化させたくないし、去る会社に余計なエネルギーを使いたくもない。
そのため、私は最後まで本音の退職理由を伏せたまま退職しました。
結果的にこの判断は正解だったと思います。
退職理由は“正直さ”よりも“戦略性”が大切。
これが私が得た教訓です。
上司に伝えた“建前の退職理由”
私が素材メーカーのプラントエンジニアを辞めるとき、上司に伝えた“建前の退職理由”は次の2つでした。
- 都会に移住したい(当時は地方都市勤務)
- 生産技術ではなく、製品の構想に関わる研究開発の仕事がしたい
どちらも実際に思っていたことではありますが、数ある理由の中から「円満退職しやすいもの」を選びました。
この2つを選んだのには、明確な狙いがあります。
会社側が対処できない退職理由を選ぶ
退職理由に「給料が低い」「仕事が多すぎる」といった内容を挙げると、会社側はそれを“解決できる問題”と捉えます。
すると、
- 「昇給を検討する」
- 「人員を増やす」
- 「業務量を減らす」
など、引き止めの余地を与えてしまいます。
一方、会社がどうにもできない理由を伝えると、引き止めようがありません。
私の場合は「都会に移住したい」という理由を使いました。
会社の事業所が地方にしかなかったため、異動で対応することはできず、結果的にスムーズな退職につながりました。
ネガティブな退職理由は避ける
会社への不満をそのまま退職理由として伝えるのは得策ではありません。
摩擦が生まれ、退職までの関係がギクシャクします。
そこで私は、
「〇〇が嫌だから辞める」ではなく、
「△△にチャレンジしたいから辞める」
という形にしました。
前向きな理由にすると、上司も引き止めづらくなるのです。
退職理由に嘘をつく必要はありませんが、伝える内容を戦略的に整理することは非常に重要です。結果的に、私も引き止めを受けながらも大きなトラブルなく退職できました。
退職理由は、誠実さだけでなく「円満退職のために作り上げるもの」という視点で考えることが大切です。
“本音の退職理由“は別にあった|私が隠した2つの本音
建前として伝えた「都会に移住したい」「研究開発に挑戦したい」というのは確かに本心の一部でした。
しかし、私が本当に辞めた理由は別にありました。
ここでは、当時の私が上司には言えなかった“本音の退職理由”を率直に書きます。
本音① 工場の生産スケジュールに縛られない生活がしたい
素材メーカーの工場は、24時間365日稼働しています。
設備にトラブルがあれば、昼夜問わず電話が鳴る。
休日でも呼び出されることは珍しくありません。
私自身がそうした経験をしたのはもちろんですが、特に印象に残っているのは先輩や上司の姿です。
彼らは責任が重くなるほど、連休どころか家族旅行すらままならない生活を送っていました。
長期休暇を取るのが難しく、常にトラブル対応の電話が鳴る。
それを「仕方ない」と受け入れて働き続ける姿を見て、
「自分もいずれ、同じような生活になるのだろうか」
と感じた瞬間がありました。
そのとき、「このままでは将来的に後悔する」と思ったのです。
仕事に追われる人生ではなく、自分の時間を主体的に使いたい。
そう思ったことが、退職を決意した本音の出発点でした。
本音② 人材を軽視する文化への疑問
もう一つの理由は、会社の“人の扱い方”です。
どれだけ部署の仕事がパンクしても、
- 業務量の調整もない
- 人員補充の発想もない
- 気合と根性で乗り切る昭和気質
過労で体調を崩す同僚が出ても、「本人の問題」と片づけられる。そんな環境に、私は次第に違和感を覚えました。
「人を大切にしない会社で、長く働く意味はあるのか?」
そう考えるようになり、退職を決意しました。
本音を伝えなかった理由
もちろん、これらの本音を上司にぶつけようと思えばできました。
しかし、それで状況が劇的に変わることはありません。
むしろ「業務を見直すから残ってほしい」と言われる可能性があり、
それを断る手間とストレスを考えると労力の無駄に感じました。
最終的に、私は「去ると決めた組織に、余計なエネルギーは使わない」と割り切り、
最後まで本音の退職理由を伏せたまま退職しました。
退職を引き止められても辞めた理由
上司に退職の意向を伝えた直後から、激しい引き止めが始まりました。
私が伝えた建前の退職理由は「都会に移住したい」「研究開発の仕事がしたい」の2つ。
案の定、上司からは次のような言葉が返ってきました。
- 「都会に近い事業所もある。異動できるよう掛け合う」
- 「社内にも研究開発の部署がある。異動で対応できないか?」
どれも誠意を感じる提案でしたが、私は退職の意思を変えませんでした。
その理由を整理すると、次の2つに集約されます。
1. 実現性の低い“引き止めカード”だった
上司の提案はいずれも、上司個人の裁量では決められない話でした。
異動の話が出ても、人事部などの判断を経なければ実現しません。
実際、後日人事との面談でこう言われました。
「上司がそう言っていたとしても、会社として異動を確約することはできません。」
この一言で、異動の話が根拠のない引き止めの一手に過ぎなかったことがはっきりしました。
それが退職を最終決断する決め手になりました。
2. “本音の退職理由”が解消されない
たとえ異動が叶ったとしても、私の本音の退職理由
- 「工場の生産スケジュールに縛られない生活を送りたい」
- 「人を軽視する文化への疑問」
が根本的に解決するわけではありません。
部署を変えても、会社全体の方針や働き方の文化が変わるわけではない。
一時的に環境が良くなっても、根の部分は同じままだと感じていました。
上司の言葉で一瞬迷いが生まれたのは事実ですが、
最終的には「ここに残っても、本質的には何も変わらない」と判断しました。
なお、本記事では私が受けた退職引き止めの詳細は割愛します。強烈な引き止めの具体的な内容は以下の記事で解説していますので、興味がある方は以下からご覧ください。
退職を引き止める上司・会社に伝えたいこと
退職交渉を経験して強く感じたのは、引き止めの言葉よりも、日頃の関わり方こそがすべてということです。ここでは、退職を引き止めようとする上司・企業側に向けて、現場の一社員として感じた率直な思いをまとめます。
「異動の打診」で一瞬揺れたが、確実性がなければ意味が無い
退職交渉の中で、心が最も揺れたのは異動の話でした。
希望していた都会ではないものの、比較的都市部に近い研究拠点への異動を提案されたのです。工場勤務を離れられる可能性があり、私の本音の退職理由の一部を解消できそうにも思いました。
しかし、人事との面談で言われた、
「上司がそう言っていても、会社として異動を確約することはできません。」
という言葉で一気に現実に引き戻されました。
会社として約束できない話であれば、引き止めのための口約束に過ぎない。そう理解した瞬間、迷いは完全に消えました。
“引き止めの言葉”よりも、“普段の対応”が重要
私は退職交渉の場では本音を隠していましたが、実はその前に何度も改善の声を上げていました。
- 上司に直接相談した
- 飲みの席で思いを伝えた
- キャリア面談のシートにも記載した
しかし何年経っても状況は変わらず、「言っても無駄か」と感じてしまいました。その積み重ねが、退職という決断につながりました。
だからこそ、退職者を引き止める時だけ必死になるのは遅いのです。日頃から部下の小さなサインや声に耳を傾けていれば、そもそも退職まで至らなかったかもしれません。
一人辞めたら、予備軍は何倍もいると思った方がいい
退職者が一人出たということは、水面下で退職を検討している人が複数いるというサインでもあります。私の職場でも、同期が立て続けに辞めた時期があり、それをきっかけに「自分も転職を考えよう」と思うようになりました。
つまり、退職は“感染”します。
一人が辞めると、残った人も「自分も動けるかもしれない」と考えるようになるのです。
特に、組織の風土そのものが原因で退職が起きているなら、次の退職者はすぐに現れます。だからこそ、退職者の「本音の退職理由」を丁寧に分析し、同じ理由で辞める人を増やさないようにすることが重要です。
まとめ|退職理由の“本音”をどう扱うか
退職理由には、建前と本音の二層構造があります。
そして多くの人は、退職交渉の場で「建前」を選びます。それは決して卑怯なことではなく、円満に次のステップへ進むための戦略です。
本音をぶつけることはスッキリするかもしれません。
しかし、その一瞬の感情のために関係をこじらせ、退職までが長引いてしまうこともある。大切なのは、「正直であること」よりも「目的を果たすこと」です。つまり、“本音をどう伝えないか”も立派な選択のひとつです。
一方で、上司や会社の立場から見れば、退職は突然の出来事ではありません。
社員は日々の中で何度もサインを出しています。その声が届かないまま退職という形で表面化する。それは、日常の対話不足の結果です。
退職を防ぎたいなら、引き止めの言葉ではなく、「普段から信頼を積み上げる関係づくり」こそが必要です。
退職は決してネガティブなことではありません。
本人にとっては、次の成長や人生の選択であり、会社にとっては、組織を見直すための鏡でもあります。
建前の裏にある“本音”を正しく理解しようとする姿勢こそが、個人にとっても組織にとっても前進の第一歩になるはずです。